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ブラジル雑学 ブログトップ
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ピラルクーを食べてみよう♪ [ブラジル雑学]

 みなさん、ピラルクーという魚をご存知ですか?


ピラルクー



 ピラルクーは鱗のある淡水魚としては世界最大の魚であり、成魚は体長5メートル、重さ300Kgにも達すると言われています。また、ピラルクーは世界最古の淡水魚としても有名で、1億年以上もその姿を変えずに生き続けているため、淡水のシーラカンスとも言われています。

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世界最大のカーニバル(Part 3) 男だけだったアラ・ダス・バイアーナス [ブラジル雑学]

カーニバル・パレードで、女王(ハインニャ・ダ・バテリア)やカーロ・アレゴーリコ(山車)ほどの

派手さや注目を引くことはないけど、パレードに[かわいい]花を添える[かわいい]という意味でも欠けてはならないものはアラ・ダス・バイアーナス(Ala das Baianas)です。

 

カーニバル・パレードに華やかさをもたらすアラ・ダス・バイアーナスbaianas.jpg


 

アラ・ダス・バイアーナスは、エスコーラ・デ・サンバ(サンバチーム)の中でバイアーナ(バイア州出身の女性のこと)の伝統的衣装を着たダンスグループのことで、ふつう、このアラ・ダス・バイアーナスと呼ばれる、パレードでクルクル回って踊るグループの構成員はごらんの通りオバさんたちがほとんどなのですが、カーニバルの歴史をひもといてみると興味深いことに、当初は男性だけで構成されたものだったという時代があったようです。

ちなみにアラ・ダス・バイアーナスが… 続きを読む


世界最大のカーニバル(Part 2) 大人気のグロベレーザ♪ [ブラジル雑学]

カーニバルの時期になると

誰もが(とくに男性と読む)期待するのが、

ブラジル最大の民放TV局グローボ(TV Globo)で

同局がカーニバル実況放送をするのをPRする目的で[映画]制作するビデオクリップです。

 

globeleza0.jpg

 

 

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世界最大のカーニバル Part 1 [ブラジル雑学]

ブラジルは世界最大のCarnaval ― カーニバルの国

そのブラジルのカーニバルが近づくにつれて、外国のマスコミでもカーニバルの特集をし始めました。

今日も日本の公共TV局N◯Kでもレシフェのカーニバルの特集をやっていましたが、知識不足か、それともカーニバルのことをあまりよく知らない人がNKのレポーターに説明をしたのか知りませんが、おかしな説明をしていました。

たとえば、レシフェのカーニバルについて、何回も何回も「レシフェのカーニバルのパレード」と言っていました。でも、これは間違っています。カーニバルのパレードがあるのは、(主要なものは)リオ・デ・ジャネイロ市とサンパウロ市でサンボードロモでサンバチーム同士がお互いにサンバ、華麗さ、リズム、ダイナミックさなどをパレードで競うものです。

 リオ・デ・ジャネイロのサンボードロモ(サンバパレード会場)

samb-rj.jpg

 

それに対してレシフェなどで… 続きを読む


もう少し南十字星の話し [ブラジル雑学]

  昨日は懐メロの話しから始まって、南十字星(サザンクロス)の話しで終わりました。

ぜんぜ~ん関連性のない話しで、せっかくご訪問して読んでくださった方には申し訳ありませんでしたが、以前にはこのような内容で書くことはなかったのですが、最近はちょくちょくこんな関連性のない話題を書いているようです(まるで他人事みたいですね[たらーっ(汗)])   


ブラジル国旗の中心には星空と星座が描かれている
Brazil_flag_stars.jpeg


さて、南十字星について書いた中で、ブラジルの国旗にもそれが入っていると説明しましたが、


ブラジル国旗の星空をあらわす… 続きを読む


コーヒーの話し [ブラジル雑学]

  今日はコーヒーの話しです。

誰でも知っているように、コーヒーは世界中で消費される嗜好飲料であり、日本でもたくさん消費されています。日本コーヒー協会のデーターによれば、日本人は平均して1年間に340杯ほどコーヒーを飲んでいるそうです(資料:国際コーヒー機構)。

cafe_coracao.jpg



一方、ブラジルは世界最大のコーヒー生産国(年間3,300万表、1表=60Kg)であり、消費量でも米国についで世界第二位(1,931万表、1表=60Kg)となっています。ちなみにサンパウロ市だけで年間3億杯ものコーヒーが飲まれているそうです。

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あしあと(24)  コメント(16) 

世界最大のカーニバル近づく! その④ [ブラジル雑学]

庶民のカーニバル

”世界最大のカーニバル”今回が最終章です。

リオデジャネイロやサンパウロで行われる華やかなカーニバル・パレード(ちなみに、カーニバル・パレードのことをブラジルでは”デスフィーレ・デ・カルナヴァル=Desfile de carnaval”と言います)は、実際はパレードをする側=エスコーラ・デ・サンバとパレードを観る側=観衆に分かれていて、観衆は大いに声援を送り、エスコーラのパレードが抜きん出ている場合は総立ちでその素晴らしさを称えますが、あくまでも受動的に観るだけという立場は変わりません。
その意味では、町の通りで誰もが参加できるカーニバルの方がカーニバル本来の精神を受け継いでいる言えるでしょう。
ということで、豪華絢爛なカーニバル・パレードの次は、伝統的なカーニバル、つまり庶民のカーニバルを見てみましょう。


カーニバルを楽しむフォリオン(後述)たち

フォリオン02.jpg


仮面をつけたり、テープや紙ふぶきをなげたりして楽しむ庶民のカーニバル

カ装身具02.jpg


ストリート・カーニバルではそれぞれが自由な仮装をして楽しむ カ・フア01.jpg


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あしあと(11)  コメント(11) 

世界最大のカーニバル近づく! その③ [ブラジル雑学]

 リオデジャネイロのカーニバル・パレードは世界最大で、たいへん情熱的、華麗、ダイナミックですが、サンパウロも負けてはいません。 こういった文化的なイベントで競争するというのは、我々にとってもたいへん楽しいことです
カーニバル・パレードで最高点を獲得したエスコーラ・デ・サンバに対する賞金額は実に1億円以上といいますから、どのエスコーラも必死になるわけです。また、当然、優勝したエスコーラは栄誉も獲得し、次の年のカーニバルに備えるためのスポンサーも獲得しやすくなるというわけです。
もっとも、いくら賞金が1億円以上でも、カーニバルの山車は製作するのに一台が千万円くらいかかるのを最低でも4、5台作らなければいけないし、また4000人くらいいるチーム全員の華麗な衣装も揃えなければいけない(一部は個人負担)ので、賞金額なんかは軽く吹っ飛んでしまいます。もっとも、それは優勝したらの話しなので、各エスコーラとも毎年、スポンサー探しに躍起となります。肝心のお金なしでは何事もできない... これはどの世界でも同じですね。

カーニバル・パレードのアトラクションは、華麗な衣装、豪華絢爛&アイデア抜群の山車、そして、その山車の上に乗って、サンバを踊りながら愛嬌をふりまくサンバ・ガールたちにあります。 このサンバ・ガールは審査員及び観衆の注目をあびることから、各サンバ学校も厳選した美女(モレーナ)を選び、エスコーラによっては有名な女優や美人のモデルなどに依頼(契約?)して出演してもらうことまでやっており、これらの美女たちが華麗な衣装で山車の上でサンバを踊るのは見ものです。


カーニバル・パレードを彩るサンバガールたち

 
サンバガール01.jpg

サンバガール02.jpg

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あしあと(14)  コメント(15) 

世界最大のカーニバル近づく! その② [ブラジル雑学]

前回の続きです 

 歴史的には、ブラジルのカーニバルはこの時代を境に二つの流れに分かれることになります。
ひとつは上流階層が劇場やホテルの大広間などで催す、高級シャンペンを飲み、花を投げあい、華麗な仮面舞踏会、仮装行列、華やかに飾りつけられた山車(カーロ・アレゴーリコ)などに代表されるハイレベルのカーニバルであり、もうひとつはマラカツ=maracatu(打楽器を打ち鳴らす行列)、コルドン=cordão(踊りのグループ)、フレヴォ=frevo(テンポの早いカーニバルダンス)、トゥロサ=troça(どんちゃん騒ぎ)、そしてストリート・カーニバルやエスコーラ・デ・サンバなどに代表される庶民的なカーニバルです。つまり、ブラジルにおけるカーニバルの歴史は、普及し始めた時にすでに社会的格差を如実に示すイベントとなっていたわけです。

カーニバル・パレードで先頭に入場するコミッソン・デ・フレンテの見事な演出は見ものです
コミッソン02.jpeg

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あしあと(17)  コメント(11) 

世界最大のカーニバル近づく! [ブラジル雑学]

今年もCarnaval ― カーニバルが近づいてきました。
って、ブラジルでは正月過ぎたらカーニバルのことしか言わないんですよね。
ということで、今回はカーニバルについての話題です。
まずは、カーニバルの歴史から。


カーニバルの歴史

 カーニバルの起源(ルーツ)は、春の儀式を行なっていた古代ローマ人とギリシア人に遡ります。 一説によれば、カーニバルの語源は“carnem levare=肉を絶つ”であり、それが時代を経て11世紀から12世紀に“carne vale=肉よさらば”と変わり、四旬節(ブラジルではクヮレズマ=Quaresmaと呼ばれる)、つまり肉食が禁じられた時期に入ったことを示す言葉となったようです。
興味深いのは、中世においてカトリック教会は全ての異教徒を抑圧しようとしましたが、この儀式のためにうまくいかなかったそうです。 それ故、神への感謝の行事として、カトリック教はカーニバルの儀式を教会暦に取り入れるようになりました。 カトリック教会が異端の宗教のスタイルとか祝日を取り入れるということは別段目新しいものではなく、外国の風景をみればイスラム教風のドーム式屋根をもつカトリック教会が見えますし、クリスマスも異教の祭日にキリストの生誕日を合わせたことは周知の事実です。
カトリック教会は、カーニバルを暦に導入するにあたって、厳しい断食、または肉食が禁じられる「四旬節」の期間を迎える前に”代償的”に楽しめるイベントを大衆にあたえようと考えて導入したそうです。


ポルトガル王家一族はナポレオンの侵略から逃れ、1808年に植民地であったブラジルに移った

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リオデジャネイロに到着したポルトガル王家の人々

王家のリオ着2.jpg


ヨーロッパの国々、特にフランス、スペイン、ポルトガルは、パーティを催したり、仮装をしたり、通りで踊ったりしてこの儀式を祝いました。 これらの国々は植民地大国であったので、この伝統は「新世界」へともたらされていきました。
ブラジルの場合は幾分異なり、ブラジルを発見し植民地化したポルトガル人自身がお祭り騒ぎを好んでいたこともあり、彼らは「エントゥルード(Entrudo)」というお祭をブラジルにもたらしました。 とくに黒人奴隷たちは顔に小麦粉を塗りつけ、農園主から古いかつらやボロボロになったシャツを借りて、水や小麦粉やおしろいなどをお互いの顔めがけて投げあい三日間ドンチャン騒ぎに興じたのです。 農園主の多くは、この間、奴隷たちが自由に行動することを許し、祭を楽しむことを認めたのです。それは、一年に一度、日ごろのフラストレーションを晴らす機会をあたえ、それでもって奴隷が重労働で働かせられる農園から逃げだすことを食い止める手段になったからだそうです。
一説では、ブラジルでカーニバルらしいものが始まったのは、1808年にポルトガル王家がナポレオンから逃れてブラジルに到着した時、ブラジルに住んでいたポルトガル人たちが仮面をかぶり派手な衣装をつけ音楽を鳴らして町中を練り歩き歓迎したことが始まりだとする説もあります。

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あしあと(12)  コメント(6) 
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