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人生を変えることができたら...? [翻訳]


               人は何か知ろうとする時間をもう持たない。
               店でぜんぶ出来上がったものを買う。
               しかし、友だちを売る店がないから、
               人間にはもう友だちがいない


                アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ






『星の王子さま』で有名なサン=テグジュペリの至言です。
まるで今の時代を予言していたかかのような言葉ですね。
翻訳の難しさ

つい最近読み終わった、『あなた、そこにいてくれますか』(ギョーム・ミュッソ 著)の作中で引用されています。
この作品は、医 師エリオットは、不思議な老人から過去に戻ることができる薬を受け取り、昔の恋人のイレナが生きていた30年前にタイムスリップして若い自分と会い、協力 して自分たちに関係のある女性たちの運命を変えようとする…というストリーですけど、映画化され、世界何十ヶ国で翻訳されたとか言う宣伝に乗せられて買ってしましましたけど、Loby的には大した作品ではありません。同じようなタイムもののテーマを扱った作品の中には、もっといいものがあります。



それに、訳者には悪いけど、翻訳というか、日本語での文章が超ヘタです。
たとえば、「…君という人間はすぐ機嫌を損ねる」
これは、「君という人間はすぐ機嫌が悪くなる」の方が話し言葉としては普通でしょう?
損ねるって言葉は、「彼の機嫌を損ねてしまった」などに使いますけど、相手に向かって言う時はあまり言わないと思うんですよね。
ほかにも例を挙げると、

① ”マットは、ホットドッグの最後に一口をほお張りながら、友人のほうに心配そうな視線をやった
  
マットは、ホットドッグの最後に一口をほお張りながら、友人のほうを心配そうに見た(または”視線を向けた”でしょう。
② ”マットはバッグの中からロゼワインをとりだした。
 「何を祝うんだい?」
 「やったんだ、見つけたんだよ、相棒!」
 栓を飛ばしながら、彼はやっと白状した。
 「運命の女をか?」
 「土地だよ、相棒!われらが未来のワインヤードだよ!」”

 これは白状の使い方を間違えていますね。
 英語(ほかの言語でも)のconfessionは、
〔罪の〕告白、白状 《法律》自白というような意味がありますけど、この会話の場合は「栓を飛ばしながら、彼は何を特別に祝っているのか、その理由を明かした、とかの方がベストですよね。confessionには「明かす」という意味もありますから(原語のフランス語でも同じはず)。


③ ”一人の若者が一人の若い娘に接近しようとしていた…”
と訳しているんですけど、これは主人公が女性に話しかけようとしていたシーンなので、
 ”一人の若者が一人の若い娘に話しかけようとしていた…” の方がスッキリすると思います。

おかしな文章、あげればキリがありませんが、最後にもう一つ。
主人公が地下鉄の事故に巻き込まれたシーン。
”彼自身も怪我をした(…)。比較的まだ元気そうな乗客といっしょに、彼は負傷者を助けようとする”
     ”ここは、元気そうなではなく、無事だった乗客、またはあまり怪我をしてなさそうな乗客でしょう。
”(電車の)天井の残骸の下に同年代の若者が倒れていた。(…)彼は執拗にその金属製の罠を開こうとするが、どうしても無理だ。”

金属製の罠って、この事故のシーンではどういうことかわかるんですけど、日本語でこういう形で使うとおかくくなります。ここは「彼は若者の上にある天井の残骸の一部を取り除こうとしたが、どうしても無理だ」でしょう。

今どきの日本語文章がまったくダメな大学生並みのヘタな文章に辟易しました。
自分でも翻訳とかやっているからか、文章の書き方がすごく気になるし、おかしい表現だとすごく違和感を感じます。
文章のスタイルといえば、以 前、日本の友人から『手紙』(東野圭吾 著)を頂きました。作品そのものは結構面白かったんですけど、この作家の文体がやはり好きなれませんでした。東野氏、今では売れっ子の推理作家だそうですが、もともと推理小説ってあまり興味がないのも手伝って、以降、東野圭吾の本はタダでも読もうと思ったことはありません。もっとも、最近の作品は読んでないので文体は変わったかも知れませんけど。

まあ、外国の作品の翻訳って、”原文になるべく忠実に” というルールがあると思うのでしかたのないところがあるのか知れませんけど、翻訳ものは前にも何冊も読んだことがあるけど、
『あなた、そこにいてくれますか』のように、表現がまずい翻訳は読んだ記憶がありません。


上にも述べたように、『あなた、そこにいてくれますか』は、運命を変えようとする男の話です。
悔いを残した人生だから変えれるものなら変えたい...

人生、運命、人それぞれですけど、Lobyは自分の行きてきた人生を変えようとは思いません。

まあ、Lobyの人生ってすべて順風満帆ではなかったし、辛い時期もかなりあったけど、

それでも”自分の人生はこれで良かったのだ” と確信しています。


寒い冬(苦しい時期)があるからこそ、あたたかい春(幸せな時期)を満喫できる。

金持ちとか羨ましがる必要はない、自分にふさわしい人生を生きればいい。



たかが翻訳、されど翻訳

話を翻訳にもどして、翻訳って仕事、何年やっていてもけっこう難しいです。
中でも詩とか、格調高い文章などの翻訳は本当に難しいです。
詩の場合は、やはり原文のスタイル、たとえば比較的短い文章が何段も続く形式のもの。
例を挙げると、宮沢賢治の有名な『雨ニモマケズ』

      雨ニモマケズ 
      風ニモマケズ
      雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
      丈夫ナカラダヲモチ
      慾ハナク
      決シテ瞋ラズ
      イツモシヅカニワラッテヰル
      一日ニ玄米四合ト
      味噌ト少シノ野菜ヲタベ
      アラユルコトヲ
      ジブンヲカンジョウニ入レズニ
      ヨクミキキシワカリ
      ソシテワスレズ


これを、日本語による短い文章スタイルで外国語に訳そうとするととても難しい。
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」って、日本語では意味が通じるけど、「負けない=勝つ」って、西欧語では原文の意味する「挫けずに 耐えて」とかってニュアンスはないのですよね。
これを外国語でも意味が通じるように翻訳すると、翻訳文が長くなりすぎたりして原文のきれいなスタイルがなくなってしまいます。

ほ かにも「玄米」の訳を翻訳教室の生徒たちは、「玄米」を「wole rice」 (完全米、全体米)と簡単に訳しちゃったけど、読んで字のごとく「完全米」「全体米」は玄米の訳ではなく、正しくは「unpolished  rice」(磨かれてない米=精米されてない米)なのです。

擬音

もう一つ、翻訳中に苦しむのが日本語の擬音。
今、Lobyが翻訳している『二十四の瞳』の中に、童謡「あわて床屋」(北原白秋作詞、山田耕筰作曲)の歌詞があり、チョッキン チョッキン とカニの床屋のハサミの音が出てくるのですが、日本人には馴染みのこの擬音、外国語の擬音だとまったく違う音になってしまって、翻訳するものとしてはかなり違和感を感じます。
ほかにも「ふわふわ」「パクパク」「スタスタ」とかは、日本語にだけある擬音ではないかと思います。
こんなの訳せません(;_;)


話変わって、タイムリープ物の秀作では「時尼に関する覚書」(梶尾真治 著1990年)という作品があり、これは『美亜へ贈る真珠』の中に収められている短編ですが、たいへん素晴らしい作品です。


「時尼に関する覚書」のストリーは、次のようなものです(読みたくない方は飛ばしてください)

- 私「ヤスヒト」は昭和22年生まれ。3歳の時に初老の女性と出会う。その人は私の顔をじっと見つめ、自分の指のリングを私にはめ去っていった。 そして小2の時、またその人と出会う。名前を時尼(じにい)といった。それから年に一回ほど偶然会うのだが、不思議なことに、出会うたびに 若返っていっているようだった。時尼は自分を「そときびとだから」と説明した。「そときびと」とは未来から過去に向かって生きてゆく人種だという。 

こ 作品は、主人公「ヤスヒト」は過去から未来へと進む時間軸の中に生きているのに対し、時尼は未来から過去へと逆行する時間軸の中に生きているため、おたい がコンタクトするのはそれぞれの時間軸が進行している中で起こるため、ヤスヒトは次第に青年になって行き、反対に時尼は若返って行く... という展を見 せ、ついに(当然?)は若い二人は恋におちいるというクライマックスを迎えますが、二人が結ばれて間もなくして時尼はヤスヒトの前から消えてしまい、数年 後に小さな子供を連れて現れ(誰の子供か想像がつきますが、これにはあとで驚く顛末があるのです)、それ以降は時尼が次第に子供になって行きます。そし て、ある日、ヤスヒトは公園で泣いていた幼い時尼に出会い、その時に”自分が果たさなければならないこと”を自覚し、自分が幼い日(初めて時尼おばさんと 合った)に彼女からもらった無限のシンボルのついた指輪を幼い時尼に渡します。こうして二人の時間の輪は閉じられ、二人は永遠におたがいを見守り、愛し あってきつづけるのです。
                                         (Metamorphose Planetより引用)

 

梶尾氏は、「時尼に関する覚書」を「ジェニーの肖像」に対するオマージュとして書いた、と同
作 品の冒頭で述べていますが、ジェニーと時尼というヒロインの名前が似ているところ、また物語の主要人物が恋におちいるところなどは似ていますが、似ている のはそこまでで、ストリーはまったく違ったもので、「ジェニーの肖像」に優るとも劣らない純日本製タイムトラベルものSFの珠玉の作品と言えるでしょう。

 

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あしあと(27)  コメント(7) 
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コメント 7

kuwachan

Lobyさんが実際に翻訳をしていらっしゃるので
一般人よりも余計に気になるのでしょうね。
私だときっとそこまで考えて読まないと思います(^^ゞ
by kuwachan (2018-08-12 17:14) 

トモミ

私は医学論文しか翻訳したことがないのでそんなに問題にはならないのですが、小説の場合は翻訳ってめちゃめちゃ大事だと思います。もちろん原文を読めない訳ですから本当にいい訳かは判別困難ですが、悪いのは覿面に分かりますからね(苦笑)!
by トモミ (2018-08-13 15:45) 

横 濱男

擬音は、日本だけでしょうね。。
会話していても擬音がイッパイでますからね。(^▽^)
擬音の翻訳は、悩みますね。
by 横 濱男 (2018-08-13 21:14) 

こんちゃん

最近は翻訳ものを全く読まなくなりました。
有名な作品なのに読んでいて全然面白くないんです。
途中で止めてしまうこともしばしばありました。
日本語を訳すのも大変でしょうね。
by こんちゃん (2018-08-14 06:53) 

Loby

>kuwachanさん、そうかも知れませんね。
 でも、やはり「おかしい日本語」表現は、やはりおかしいです。
 訳者も「きれいな日本語」「正しい日本語」を使うように気をつけるべきだと思います。

>トモミさん、技術的とか科学的な訳は、文学作品や詩にくらべると
 かなり簡単です。
 (シロウトには専門書や論文の方が難しく見えますが...)
 外国作品でもとてもよく訳されているものもたくさんあるんですけどね。

>横 濱男さん、日本語は擬音がとても多いです。
 外国語はそうでもないです。
 やはり文化の違いでしょうね。

>こんちゃんさんも同じような経験をお持ちなんですね。
 日本語もね... 詩とか詩的描写のある作品は訳者泣かせです(;_;)


 

by Loby (2018-08-16 05:01) 

ヨッシーパパ

民放番組のニュースキャスターでも、誤った日本語を使用していることもあるぐらいですから、中々大変なんでしょうね。
by ヨッシーパパ (2018-08-16 18:45) 

Loby

>ヨッシーパパさん、N◯Kの司会者でも時たまおかしな日本語
 使っていますよ^^;


by Loby (2018-08-20 23:04)