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ブラジル人気質 [ブラジル雑学]

ブラジルは、熱帯および亜熱帯に属するせいか、一般的国民気質は楽天的、おおらかであり、またとても友好的である。だから、いったん、つきあいを始めると 長~い良好的なつきあいになってしまう。それは特に、俗に庶民といわれるクラスに顕著なようで、中流とかそれ以上になると、エリート意識というか、金持ち意識とでもいうものが出てきて、残念ながら、このすばらしい気質を覆い隠してしまうようである。もちろん例外もあるが。

このブラジル人気質は、一つにはブラジルが広大で、気候的にもたいへん恵まれており、そのおかげで、ほとんど一年中果物が豊富にとれ、また主食となるト ウモロコシやタピオカなどもふんだんに収穫できたということが大きな原因の一つであると思う。つまり、一年中気候が暖かいため冬でも凍死などはないし、食べ物も豊富なので餓死する恐れもない。これらの条件がブラジル人をして楽天的で大らかにしたのだと思う。それに、南米大陸発見後、ポルトガル、スペインが それぞれ南米大陸を仲良く(?)分け合ったあとは、ヨーロッパやアジアのように、領土拡大を狙って侵略してくる国もなかったことも影響しているかも知れない。(実際は、フランスなどは一時期ブラジルの北東部の一部を占領して植民地を建設しかかったのだが追い払われてしまったという史実がある)

ちなみに、南米大陸発見後は、ブラジルのみがポルトガルの植民地となり、それ以外(現在のアルゼンチン、パラグアイ、チリ、ボリビア、コロンビア、ペルー、エクアドル、ウルグアイなど)は全てスペインの植民地となった。現在の国の数だけを数えると、ブラジルだけを植民地としたポルトガルはずいぶん損をしたようだが、政治的地理学にみれば、そうではないことはすぐ分かる。なにせ、ブラジルだけで南米大陸の面積の半分くらいあり、そのほとんどの地域が人間の住めるところなのだから。 また、ブラジル人が友好的なのは、第一に、この国が多くの移民を受け入れてきたことに大きな原因があると思われる。文化、言語、習慣、宗教などの違う外国人たちが、一つの国で 仲良く暮らすためには、おたがいの差を尊重しあうと同時に、積極的に関係を深めた方がメリットが大きいからである。それに、ブラジルに最初にやってきたの はポルトガル人だが、ポルトガル人の男たちは根っからの好色というか女好きというべきか、アフリカから連れて来た黒人の奴隷の女であろうが、インディオ(ブラジル原住民)の女であろうが、手当たり次第に手をつけ、多くの混血が生まれたことも人種間(この場合は白人と黒人ならびインディオの関係)の 差を減らす大きな原因になったと思われる。これらの混血たちは、自分たち自身が混血であるので、その後、近代になって大勢やってきたヨーロッパやアジア (特に日本人)からの移民を特別差別することもなく友好的に受け入れたものと考えられる。

また、アメリカ大陸を発見したコロンブスなども書いたように、本来、これらの新大陸や島(タイチ島など)の原住民は、人なつこく、大らかで友好的だったの だ。それは、ブラジルの場合も例外でなく、ブラジル原住民(インディオ)も、たいへん友好的で、大らかであったのだ。そして、この善意の原住民を文明の名 の下に蹂躙してきたのは当時の文明先進国の人間(白人)たちであった。 面白いことに、ブラジルを除く、他の南米諸国では、ブラジルほどスケールの大きい人種のミックスというか、人種間の交配(こんな言葉を使うとまるで動物学 の話しをしているようだが)は起こってない。これは、これらの国々ではブラジルにように大量の黒人奴隷を入れなかったということで、ブラジル以外の南米の 国々では、植民地時代からの主な産業は牧畜などがメーンであり、ブラジルのようにコーヒー、サトウキビ、綿などのように大量の人手を必要とする農業が少な かったことによると思う。 私の友人(ブラジル人)は、スペイン人の(男は)ポルトガル人ほど黒人奴隷やインディオの女たちに手をつけなかったからだ、と言っており、その理由としてス ペイン人はポルトガル人より白人優越感をもっていたので、奴隷やインディオの女などと寝なかったのだ、といい、同じような例として、アメリカを挙げた。たしかに、アメリカもブラジルのように綿などの農業の人手用に大量の黒人奴隷を入れているが、ブラジルのように大量の混血は作っていないし、インデアンと白 人の混血なども極めて少ない。そんなことを考えると、彼の説はかなり当たっているのかも知れない。

それから、もう一つ、個人的に大きな影響があったのではないか、と思うのは、ブラジルがスペインではなく、ポルトガルの植民地となったことである。昔か ら、スペイン人は熱血的といわれており、闘牛を観て血を騒がせるのはスペイン人であるし、情熱的なフラメンゴもやはりスペインが本場なのだ。それは、決してポルトガル人が熱血的でなく、大らかだとか楽天的であるということでもなく、ポルトガル人もかなり喧嘩好き、つまりスペイン人ほどではなくとも多少は熱血的ではあったが、少なくともスペイン人ほどではなかったということであり、これも多少は影響していると考える。  前述の友人は、ポルトガル人もスペイン人も大して変わらないと言っていたが、ブラジル人は一般的に欧米人に対して良い感情を持っていないから、 このような意見は少し割り引いて聞く必要がある。でも、面白いというか、有難いというか、ブラジル人はほとんど日本人に対して好感情を持っているのだ。それは、一つには日本人(移民)が少数でありながら、勤勉でマジメ、子供の教育に大変力をいれ、ブラジルの農業および社会の発展に大きな貢献をしてきたことへの影響が大きいと思うし、また、その善悪は別として、あんな小さな国が第二次世界大戦でアメリカのような大国を相手に堂々と戦ったこと、そして、戦争に 負け、荒廃の中から奇跡的ともいえる経済発展を成し遂げ、世界第二位の工業国になったことに対する、ブラジル人の尊敬と賛嘆の気持ちがその根底にあるためであろうと思われる。というわけで、ブラジルでは日本人は大変歓迎され、尊敬され、モテるのである。

話しがかなり脱線したが、ブラジル人がどれだけ楽天的でおとなしい国民であるかは、南米の近代史というものを見ても、その一端が分かる。南米大陸の国々で はしょっちゅう血なまぐさい反乱とか革命とかクーデーターとかが頻繁に起きているが、ブラジルに限っては、最後のクーデーターは1964年に起きたきりであ る。クーデーターに限らず、ブラジルという国は、ポルトガルから独立したときもアメリカのような独立戦争は起こしていないし、王政から共和制に変わったと きも戦争は起きてないし、奴隷解放にしても、アメリカのような南北戦争は起こしていない。すべては鶴の一声ならぬ、上の一声で、“独立宣言”、“共和制宣 言”“奴隷解放宣言”というようなものを宣言して解決している。先にのべたクーデータにしても、一応、クーデーターだから軍隊が出動してはいるが、戦いというか、ドンパチは全然起きていない、無血革命だったのである(そのかわり、その後20年間ほど厳しい軍政が続いたが)。こう書くと、まるでブラジル人はたいへん理性的であり、先見があり、おとなしく分別のある国民のようだが、決してそうではなく、このように無血で大事を成し遂げ得たのは、それなりの理由がある からからだが、その説明は別の機会におくとしよう。 こうした様々な条件、要因が重なって、ブラジル人は大らかで、楽天的、友好的になったのであり、このブラジル人気質は、近代になってヨーロッパやアジアなどから移民が大勢やってきたときも暖かく迎え入れ、これら移民がブラジル社会へ同化するのに大変ポジチブな影響というか働きをもたらしたのである。 ブラジル人の、このたいへんすばらしい気質も、文明が先端を行っているというか、生活レベルが高い人間が密集しているメトロポリスなどでは残念ながら薄れ つつあるようである。まぁ、こんな現象はブラジルだけでなく、世界中で共通のものであるが、ブラジルに住む我々外国人としては、このすばらしいブラジル気 質をいつまでも保ってほしいと切に願うものである。

【本稿は2002年6月にHPに掲載したものを再掲したものです】

   


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本物ホネツギマン

わぁい

このアルバムはPutumayoのシリーズのモノですね。

私も持ってますよ。
by 本物ホネツギマン (2012-07-19 20:18)