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女性の社会進出 [考えること]

 “女性の社会進出”

という言葉が日本で使われ始めたのは、たぶん戦後のことでしょう。

それまで、日本は典型的な男尊女卑の国。

「幼にしては父兄に従い,嫁しては夫に従い,夫死しては (老いては) 子に従う」なんていう

古代から中国で女性に押し付けられていた定めのようなものに日本の女性は縛られていました。


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愛… 永遠のテーマ [考えること]

 今日のテーマは



そう。

先日、日記で紹介した『愛するということ』(エーリッヒ・フロム著)という本についての感想文です。



愛するということ  

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子どもの発達障害と教育 [考えること]

 最近、ある雑誌で『発達障害と子育て』という、興味深い記事を読みました。

発達障害

発達障害とは、広汎性発達障害(自閉症など)、学習障害、注意欠陥多動性障害など、脳機能の発達に関係する障害。政府広報オンラインより引用)とあります。

Loby家には発達障害をもつ人間はいませんが、周りには、“自閉症”のお子さんをおもちの方などがいます。 それらの発達障害児を育ててるご両親やご家族の苦労は並ならぬものだと思います。

ユウちゃんの後追い



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子供のしつけ― 体罰論争  [考えること]

 ブラジルでは、子どもへの体罰[どんっ(衝撃)]を全面的に禁止する法案が議会に提出され討議されていますが、これをきっかけに子供への体罰可否で大きな論議が起こっています。

幼児・子供虐待といったことは当然、加害者が誰であれ法で厳しく罰せられるべきですが、家庭内での子供の”しつけ”におしりを叩いたりすることも禁止(犯罪になる)ので、”家庭なの教育にまでコミットするのは行き過ぎだ”という人たちと、”どのような理由にせよ、どのような体罰にせよ、幼児・子供への体罰はすべて禁止するべし”という意見に分かれて、それこそ毎日のように[TV]TVで[ゲーム]ラジオで新聞で取り上げられ、児童教育や心理学者や一般人であるママさん、パパさんなどが特集番組で議論し合っています。

        ユウちゃんもそのうちおいたをするようになります。。。
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ちなみに、先週、ブラジルでも有名な世論調査機関であるダタフォーリャ(Datafolha)がこの問題に対する調査を行った結果、

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あしあと(14)  コメント(7) 

悲惨な結末― 脳死者の臓器提供の問題 [考えること]

 今日も朝から雨空です…
風邪気味なので、特に必要な用事で外出する他は家で読書したりネットしたりしています(^^;

人質事件が悲惨な結果に終わったことはブログに書きましたが、昨日、頭に銃弾を受け重篤状態の女性が入院している病院で記者会見があり、女性は脳死状態にあることが発表されました。
彼女は現在、植物人間の状態にあり人工呼吸器などの器具によって生きていますが、脳の損傷状態がひどく、このままでは3日後から臓器死が始まると病院側は予想しています。
ほんとうに残念で可哀想な結果となりましたが、女性の家族は彼女の臓器を提供するかどうかについてまだ何の決定もしていません。

家族の身にもなってみれば、のべ100時間以上も娘が人質となり、ストレスで神経がもたないようなつらい状態をすごした後に、今度は脳死と告げられれば混乱は究極に達し、娘の臓器を提供するかどうかなんて問題をまともに考えることは出来ないかも知れません…

たしかに、臓器を提供することで目が見えるようになったり(結膜移植)、血液透析をしなくてすむ(腎臓移植)、心臓病の解決(心臓移植)といった、多くの人に恩恵を与えることができるのは確かですが、肉親の臓器を提供するかどうかは、生前の本人の希望がない場合は、あくまでも家族の意思が尊重されるべきで、今回の事件のように大々的にマスコミで取り上げられると家族はまるで臓器を提供しなければならないというようなプレッシャーを感じるのではないかと思います。
TVや新聞などのマスコミは商業である以上、少しでも視聴率や販売部数を上げるため、事件をセンセーショナル的に取り上げるきらいがありますが、このような悲しい結末となった事件に関しては、被害者家族の立場を尊重してすこしそってしてあげるべきだと思います。

   【悲惨な結末で脳死状態となった被害者の女性(15際) ネット記事から抜粋】
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あしあと(2)  コメント(0) 

時の移り変わり [考えること]

一週間ほど前は、まるで初夏のような暑さが続き、“冬も終わったな~”と思っていたくらいですが、先週半ばから急に冷え込み、夜は布団毛布を使わなければならないほどの寒さになりました。
当然、外出時も十分に着込まないと寒い{{(>∇<)}} サッム
いつものことながら、気候の変動の激しさに驚きます。
もう寒いのは結構です。早く暖かくなってほしいですね。
気候といえば、米国南部は大型ハリケーン「グスタフ」の接近で戦々恐々の状態となっており、3年前におなじく大型ハリケーン「カテリーナ」で壊滅的な被害を受けたニューオリンズでは2万人以上の住民が市外に避難したとニュースでは報じています。今回はニューオリンズの被害が少ないことを切に祈ります。

                  【ニューオリンズの風景】

             
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あしあと(0)  コメント(0) 

静寂を破って [考えること]

 今年は日本人のブラジル移住100周年にあたるため、年初からいろいろな記念行事が開催されており、ブラジル社会もメディアも大きな関心を持っているようです。
また、先週発表されたブラジルの世論調査では、ブラジル人の日本、または日本人に対する評価では、80パーセント以上のブラジル人が日本および日本人に対し、好意、信頼感を持っていると回答しています。これは米国やヨーロッパあたりの国への評価を大きく引き離す結果で、日本の外務省あたりは大いに満足していると思いますが、ブラジルに住んでいる私たちにとっては当然といえる調査結果です。

ここで勘違いしてならないのは、この日本および日本人に対するブラジル人の絶大な好意や信頼感は、決して日本政府が築いたものでもなければ、日本の企業が築いたものでもないということですね。まあ、日本政府は近年、日本のイメージを向上すべく文化の普及など色々やっており、かなり努力しているようですし、日本企業もその信頼性のある商品の輸出や現地生産でそれなりに貢献していますが、ブラジル人の日本および日本人に対する好意と信頼は、ブラジルへ移住して来た日本人たちとその子孫である日系ブラジル人たちが100年という長い期間をかけて築いて来た結果なのです。
ここのところを日本の政府や企業は勘違いしてはいけないと思います。

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あしあと(2)  コメント(1) 

ブラジル日本移住100年を迎えて ③ [考えること]

 日本は真冬ですが、こちらは真夏なのでブログのスキン(背景)を変えてみました。
日本の肩は、外は雪が降っているのに、こんな涼しそうなスキンを見ると違和感を感じるかも知れませんが、毎日クーラーもない職場で仕事をしているLobyはこのスキンを見ると爽快さを感んじます(^^;;

今日は34に度までなりました。(;´д`)ゞ アチィー!!
金曜なのでネクタイなし、半そでシャツで行ったので助かりました。
金曜はノーネクタイデーなのです。
気象予報によれば週末は天気がくずれるとか...
そのせいでしょう、外は雨がじゃんじゃん降っています。

             【 植民地の日本人移民一家 】
      

さて、ブラジル日本移民の話しにもどって、サンパウロ州の各地のコーヒー農園に契約された日本移民は、第一回でも書いたように奴隷同然の待遇を農園主から受けました。
奴隷小屋として使われていた小屋にはベッドなんてもちろんなく、小屋の片隅に乾いた草が積まれていたそうです。
当然、電灯もなし、井戸もなし、便所もなし、というところがほとんどでもあり、最初の仕事は寝台を作ることだったそうです。
さらに目当てであったコーヒーは収穫期(4月)を大きく外れて日本人移民たちが到着した(6月)ためろくな収穫もできず、日本人移民たちを大いに失望、落胆させましたが、これは当時、日本人移民を募集してブラジルに送り出した移民会社(当時は殖民会社と呼ばれていた)がコーヒーの収穫作業従事では大もうけできると宣伝、つまり、今で言う誇大宣伝、つまりウソの宣伝をしたことが原因です。 殖民会社はコーヒー農園で2、3年働けば大金をためて日本に帰れると宣伝したのです。 そんなうまい話なんて昔も今もないわけですけど、やはり昔も今もだまされる人間はいますね。。。

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あしあと(1)  コメント(0) 

ブラジル日本移住100年を迎えて ② [考えること]

 この時期は学校が夏休みで、サマーホリデーに行っている家族も多いのか、いつもは渋滞地獄のサンパウロ市も比較的空いています。 いつもなら、会社から出る前にインターネットでサンパウロ市内の渋滞状況を見るのですが、大体、夕方の6時半から8時頃までは渋滞が130Kmとか160Km恐ろしくなるような数字を見せますσ(^_^;)アセアセ...
これも市内の主要道路、それも一車線の渋滞距離(4車線で延長が30Kmの道路であれば、実際は30Kmx4=120Kmなんですよね)なのですからあとは推して知るべしです(^^;; 

ところがサマーホリデー期間中は、渋滞距離が30Kmとか50Kmとか、まるでウソのように減少するのです。おかげで行きも帰りもラクラクです(^_^)v

さて、ブラジル日本移民の話しにもどって、前日書いたように、最近のブラジルにおける日本文化ブームに刺激され、祖父や曾祖父の祖国の文化をふり返る日系人もかなり出て来ています。 また、漫画王国である日本の漫画を読みたい気持ちから、日本語を学び始めるブラジル人の若者も出始めています(^_^)v
それと冒頭に書いた、約30万人とも言われる日本で就労している日系ブラジル人の子供たちは、日本で教育を受けており、その一部は中学や高校まで学んだ後にブラジルに帰国し日本で学んだ日本語を生かせる職についたり、日本語学校の教師になったりして日本語の普及に貢献しています。まだこのような日系人の数は少ないけど、今後着実に増えると予想されています。

【 数多くの移民が南米へ渡航する前にしばし宿泊した神戸の移住センター 】
      

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ブラジル日本移住100年を迎えて ➀ [考えること]

2008年は「ブラジル日本移民100周年」の年です。
最初の日本人移民791人(一説には799人)が、笠戸丸でブラジルのサントス港に到着したのが1908年(明治41年)6月18日です。
                   
      

ブラジルでは、1888年に奴隷制を廃止したため、コーヒー農園での奴隷に代わる労働力としてヨーロッパからの移民導入が始まりましたが、奴隷とほとんど変わらないという過酷なコーヒー園での労働条件は、ドイツやイタリアといった移民送り出し国の政府をして、「奴隷同然の移民送り出しには協力出来ない」と、移民を中止することもあったようです。
 こうして、労働力不足に悩んでいたコーヒー農園に契約されて入った日本人移民たちは言葉や文字にして表せないほどのたいへんな苦労をして、ブラジルで生き抜いて来ました。
以来百星霜。今日では150万人(推定)とも言われる日系人が、政治、教育、文化、医療、法律、金融などあらゆる分野で活躍をしており、日本人の特質である、誠実さや仕事熱心などを受け継いだ、その子孫である日系人たちは、ブラジル社会の中で大きな信頼を勝ち得ています。
また、その一部は、いわゆる”出稼ぎ”として日本で就労しており、その数も30万人に達すると言われています。

    初期の移民は契約農民としてサンパウロ近郊のコーヒー農園へ引き取られて行きました。
    移民のほとんどは定住ではなく,数年間の出かせぎと考えていました。
    斡旋業者も「コーヒー農園で数年間働けばひともうけできる」と宣伝し,移民を集めました。
    これが当時のブラジル移民宣伝ポスターです。
        

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あしあと(3)  コメント(5) 
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